離婚後の生活〜母の死〜

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 『実家に帰ってから〜母のこと1、2、3、4〜』で書きましたが、実家に帰っている間、母からの嫌がらせがどんどんひどくなり、団地に引っ越すしかなくなりました。私はそれ以降はもう縁を切ったつもりでしたので、顔は合わせていませんでした。

 2020年8月、夏休みが終わった頃、兄から突然メールがきました。母が救急車で総合病院に行ったということでした。病名は、『熱中症』ということでした。救急外来で点滴してもらっているということで、あまり気にしていませんでした。その日は一旦うちに帰り、また次の日点滴をしてもらいに行くということでした。

 次の日にまた兄からメールがあり、点滴しても良くならないので、入院になったとメールがきました。そこで兄から詳しく経緯を聞くと、夕食の残り物を食べてから下痢と嘔吐が続き、病院に行ったとのことでした。それを聞いて何か違和感を感じました。ただその時、兄から頼まれた入院の保証人の書類を書くことに気を取られていましたので、その違和感はすぐに忘れてしまいました。

 その2日後、兄から突然電話がきました。母が急変したとのことでした。兄は、病院から呼ばれて急いで行ったので、私が病院に来る時に父も連れてきてほしいということでした。そこから、実家に行き父を乗せて病院に行きました。行くともうすでに亡くなっていて、点滴なども外していました。後から兄に聞いたのですが、兄がついた時ももうすでに亡くなっていて、その際にこれ以上処置を続けても本人の苦痛が強くなるだけということで、兄に確認後、蘇生処置をやめたそうです。

 医師からの説明は、消化管からの出血でその吐物による窒息死だったようです。その説明で、あの違和感が何かわかりました。死亡診断書にも病名が書かれていました。それは『出血性大腸炎』でした。兄は、〇〇を食べてから嘔吐と下痢が続いたと説明していたのですが、医師が熱中症と判断しそちらの治療メインでしていたので、悪化してしまったのだと思いました。あくまでも私の見解ですが、一応看護師をしていましたのでそのように思いました。看護師時代に食中毒の勉強会もありました。その中でO−157などについても学びました。腎機能低下、消化管出血そんな話しを覚えていました。母の体がかなりむくんでしまっていたのは、熱中症という観点から、電解質補正のため点滴をどんどんしてしまったためだと思いました。

 最後まで読んでいただきありがとうございます。また投稿していきますのでよろしくお願いいたします。

 

 

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