父の介護生活が始まりました。父は『要介護4』ということで、デイサービスも利用することが出来ました。
ある日デイサービスを受けている最中、父が突然発熱してしまい、デイサービスから迎えに来れますかという連絡が来ました。その時兄は仕事でいませんでしたので、私が迎えに行くことになりました。デイサービスの施設から車まではヘルパーさんがいてくれるので、支えてもらって移動できるのですが、家について車からベットまでの移動はどうしようという不安がありました。私1人では、支えきれず一緒に転んでしまうの恐れがあったのです。家に着くとたまたま長男がいたので、お願いしたら手伝ってくれました。そうして2人で支えてなんとかベットまで父を連れていくことが出来ました。その頃は、長男と暮らし始めて半年ほど経っており、長男の態度も少しずつ柔軟になり、父の介護で力が必要な時はお願い出来るまでの関係になっていました。
そしてその次の日、なぜか今度は三男が体調の悪くなり、学校から連絡がきて、迎えにいかなければなりませんでした。父の流動食作り、発熱時の迎えなどやることが一気に増え、やはり介護は大変だと感じていました。そして介護は先が見えないから辛いのだと思いました。
そんな中、父の体調が急に悪化しました。食欲がなくなり、呼吸が苦しそうなのです。かなり辛そうでしたので、兄が救急外来に連れていきました。そして『重症の肺炎』と診断され、再び入院になりました。退院してからわずか約2ヶ月目のことでした。
父の『重症の肺炎』は、嚥下障害からくるということでした。そこから、肺炎の治療のため点滴が始まりました。だた、延命治療はしないということで、同意していましたので、今回は胃管などはしない方針でした。兄は仕事以外は、病院に行っていましたが、私はどうしても行けませんでした。弱っていくところを見るのがとても怖かったのです。そして、万が一病室で泣いてしまったら父がどう思うのか心配でした。お医者さんからもだいぶ悪いということは聞かされていましたので、ある程度覚悟を決めていました。
そして、それから約1ヶ月半してから父は亡くなりました。母の死から約1年半後のことでした。兄はずっと付き添いをしていましたので、今回は親の死に目に会えました。本当に安らかな死だったと言っていました。私は間に合いませんでしたので、生きている姿を見たのは再入院する日が最後でした。そして兄と私の介護は、約2ヶ月で終わることになりました。
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